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【オーストラリアハーフラウンド 46日目 さらばアデレード。また会う日まで】
46.5日目というタイトルには意味がある。なぜなら、これから46日目と47日目の間に起こった事件、事故について説明するからだ。47日目の深夜から未明にかけて発生したその事象は、まるまる1記事分を使うに値するイベントがあったのだが、これを47日目としてしまうと記事のナンバリングがおかしなことになるので”46.5日目”と書かせていただく。それでは本題に入ろう。
「はーい、みんな起きて!トラブルよ!」
という老婆の声で私は目覚めた。同乗していた数人の旅人たちもその声でおきたようだった。時間を確認すると、腕時計が緑色で表示される文字で3時過ぎであることを私に伝えてくれた。アデレードを出発した我々のバスは、明日の朝朝5時ちょうどにクーパーピディに到着するはずだ。まだ寝ぼけた脳みそで何が起こったのか考える。
・・・分からない。とにかくバスを止めなければならなかった何かがあることしか分からない。

さきほど老婆が、強い訛りで何か問題があるようなことを言っていたが、何があったのだろう。私は強い訛りのせいで聞き取れなかったのだが、他の乗客たちは理解できたようで、皆バスの外に出ていた。バスの中にいても何ができるわけでもないし、バスのエンジンが切られていてしばらくは出発しないようだったので、新鮮な空気でも吸いにバスの外に出た。正直言って、バスの中は空気がこもって気分が悪い。
バスの外に出て夜空を見上げてみると、そこには夜空というよりは宇宙が広がっていた。今までの人生でこんな明るい夜空は見たことがない。撮影のトリックで明るく見える夜空の写真はいくらでも見たことがあるが、これは違う。本物だ。
人は想像を超えるものに遭遇すると言葉を失ってしまう。今回がそうだ。夜空、いや、小宇宙とでも形容すべきその景色はまるでこの世の物でないみたいだった。USSエンタープライズに乗ればこんな景色が見られるのだろうか。煌びやかな恒星の後ろには果てしない黒色が広がっている。美しい星の輝きをじっと見ていると、真っ暗な宇宙に吸い込まれそうになる。かつてニーチェは、「深淵を覗いているとき、深淵もまたこちらを覗いているのだ。」と言葉を残したが、私も天界に住まう者たちが黒い壁の穴からこちらを覗いているようにも感じられた。
さて、そろそろ美しい夜空の話から現実の問題に目を向けよう。バスの外に出た私は、視線を夜空からバスに向けた瞬間、何が起こったのか一目にして理解することができた。それではご覧いただこう。これが原因だ。

ここは荒野だ。辺りを見渡しても、アデレードとクーバーピディを結ぶ道路と、地平線まで広がる荒涼とした荒野と、我々以外目に入るものはない。目に映るもの以外にも言及しておこう。もちろん4G回線の電波なんてここでは飛んでいない。アウトバックを通過するバスに乗る場合は、ドライバーから説明がある。確か、以下のような内容だったはずだ。
「みなさん、我々はこれから砂漠を通過します。街はいくつかありますが、ポートオーガスタを通過したら6時間は何もありません。食べ物はもちろん、水も補給できません。我々も少しは水を積んでいますが、全員が飲む分はありません。砂漠では数時間でも多量の水分が必要です。何かトラブルがあって立ち往生した場合でも、自分の見の安全は自分で責任を持ってください。あなたがたを次の街まで送り届けるまでは我々の責任ですが、その間の水や食料については我々は責任を持ちません。それでは、いい旅を。」
なんて怖い脅し文句だ。
本当に見渡す限りなにもない
日本では考えられないようなアクシデントだが、ここオーストラリアでは十分に考えられるアクシデントだ。日頃から灼熱の道路を130km/hほどで爆走していたら自然とタイヤだって限界を迎える。舗装が綺麗で、法定速度が60km/hの日本では起こらない事象だ。
ともかく起こってしまったのだから仕方がない。みんなで協力してホイールを交換することにした。そこでまたアクシデントが起こる。
ホイールの交換は難しいことではない。
①車をジャッキアップする
②ホイールを固定するナットを緩める
③ホイールを交換する
④ナットを締める
の4工程で済む簡単な作業だ。しかしここは荒野。この単純な4工程にさらに面倒な工程がいくつか加わる。なぜか?オーストラリアの荒野にある道路はひどいからだ。ジャッキをでバスをもちあげようとすると、バスは微動だにしない。しかしジャッキは伸びている。動いているのは地面だ。適当な舗装の道がジャッキによって凹まされているのだ。バスVS地球の戦いはバスが勝利したようだ。
バスに乗っていた大男3人と私で、ジャッキの下に鉄板をかませたり、バスを少し動かして地面を掘ってタイヤを浮かせるなどしてなんとかタイヤを交換した。もっとも私はほとんど役に立っておらず、役に立ったのは私のヘッドライトだった。大男に貸したせいで、ホイール交換が終わる頃にはヘッドライトのバンドが大男のあせでべっちょりだったが仕方ない。

バスの巨大なホイールを交換して、再びバスは動き出す準備ができた。トラブルをうまく対処した我々は大喜びでハイタッチをしてバスの座席についた。
2時間ほど砂漠立ち往生していたが、トラブルも旅の醍醐味だ。それに、ここでみた夜空の美しさを私は忘れないだろう。